
和歌山県田辺市田辺湾「沖島」の大サンゴ群集の白化 filmed2018.2 <吉野熊野国立公園田辺白浜海域公園地区>
2018年低水温ショック<田辺白浜海域公園地区>






2018年低水温ショック<田辺白浜海域公園地区>
本調査は環境省近畿地方環境事務所「マリンワーカー事業吉野熊野国立公園田辺湾周辺海域における造礁サンゴ群集保全に向けた調査等業務」並びに独自調査により実施。


出典:国土地理院の地理院地図を加工して作成
2018年低水温ショック ➢田辺白浜海域公園地区のミドリイシ属サンゴ全滅


➢ミドリイシ属サンゴの消失
・田辺湾沖島や白浜町円月島など高被度に分布、優占したエンタクミドリイシ、ニホンミドリイシ、クシハダミドリイシ、ミドリイシ等の卓上ミドリイシ類で生残するものは数個体しか確認できず、しかも群体の一部がへい死した状態。健全といえるサンゴ群体は確認できない。へい死率は100%に限りなく近い。田辺白浜沿岸域のサンゴ群集は、2018年冬季に被度1%未満に壊滅した。
・唯一生残するミドリイシ属サンゴは、田辺市天神崎丸山のエダミドリイシのみである。
・キクメイシ類他には、色が薄くなった軽度白化やへい死した群体を多く確認。オオスリバチサンゴにホワイトスポット病の群体が多見できる。
➢サンゴ大量へい死の原因は低水温の長期化
・サンゴの壊滅的減少は低水温の長期化によるものに疑いはない。 2017年の田辺湾や白浜沿岸域のサンゴ群集は、オニヒトデ食害の海域を除けば、高被度の健全なサンゴ群集が全域に広がっていた。 2018年冬季低水温の長期化以降の本事業調査がスタートする6月下旬には、サンゴの壊滅的大量へい死を全域で確認した。
・2018年1月下旬、田辺市・白浜町のダイビング事業者からサンゴ冬季白化の報告が寄せられた。要約すると、「白化は5割以上に達している」、「白化死したサンゴは1割以上」という。
・「平成29年度サンゴ群集モニタリング調査及びオニヒトデ等調査駆除の結果及び報告会」(環境省2018.4)によると、天神崎ビーチ(天神崎丸山)では2017年12月20日時点で、サンゴ被度32%・白化率5%であったが、低水温長期化以降の2018年2月27日時点では被度25%・白化率90%(うち死亡率20%)に減少した。水温は最低10.5℃を記録し、調査時水温は13.7℃と報告されている。 沖島コーラルガーデン(ダイビングポイント名で沖島の北側)では、2017年12月22日時点で、被度72%・白化率5%以下であったが、2018年2月27日には、被度10%・白化率95%(うち死亡率85%)・調査時水温14℃。 ニシザキサンゴの真ん中(ダイビングポイント名で、沖島西側のサンゴ密集地)では、2018年2月27日時点で、被度13%(白化前推定被度85%)・白化率95%(うち死亡率85%)・調査時水温14.6℃。四双島南では、2018年3月13日時点で、被度5%(白化前推定被度50%)・白化率100%(うち死亡率95%)・調査時水温13.4℃。 権現崎では、被度5%(白化前推定被度50%)・白化率100%(うち死亡率95%)・調査時水温13℃と報告されている。
・上記海域(田辺白浜海域公園地区)の水温は、1月中旬から3月中旬まで2か月間、13~14℃台を継続した。串本調査では14℃台の水温が1か月以上続くとサンゴに白化やへい死が生じ、13℃台の期間が20日以上続くと大量へい死に至ると推察(御前1984,1985)されていることより、低水温の長期化による同時一斉大量へい死と断定する。 これら2018年の低水温の長期化によるサンゴの同時一斉大量へい死を「2018年低水温ショック」(当会の造語)という。
➢低水温長期化の要因
・2018年は12年ぶり(2005年以来)の黒潮大蛇行の年に当たり、且つ、1月・2月の西日本の平均気温平年差は-1.2℃で、平均気温平年差-2.1℃を記録した。1986年冬以降、32年ぶりの最も寒い冬、いわゆる「大寒波」となった。要因として以下が挙げられる。(※気象庁「平成30年冬の天候の特徴とその要因について」引用)
・亜熱帯ジェット気流と寒帯前線ジェット気流が、日本付近では南に蛇行し冬型の気圧配置が強まった。
・亜熱帯ジェット気流が日本付近で南に蛇行した一因は、ラニーニャ現象の影響によりインドネシア付近の積雲対流活動が平年よりも活発。 又、大西洋上空のジェット気流も持続的な蛇行。
・寒帯前線ジェット気流が日本付近で南に蛇行した一因は、ユーラシア大陸北部の寒帯前線ジェット気流の大きな蛇行により、大気上層の極うずが分裂して、東シベリアから日本の北方に南下した。
・ユーラシア大陸北部の寒帯前線ジェット気流の大きな蛇行の要因として、大西洋上空のジェット気流の持続的な蛇行。 バレンツ・カラ海(ロシア北西海上)付近の海氷が平年と比べてかなり少ない。
➢低水温長期化は過去にもあった

※1976年2月から2019年1月の白浜町気温から1か月平均気温が7℃以下になる月を抽出し、黒潮大蛇行及び大寒波を図示。(※気象庁データよりグラフ化)※黒潮大蛇行とは、潮岬で黒潮が安定して離岸し、東海沖(東経136〜140°)の流軸(流れの最も強いところ)の最南下点が北緯32°より南に位置していること。
➢黒潮大蛇行と大寒波が重なる低水温ショックによるサンゴ消失
・黒潮大蛇行と大寒波(図中の赤矢印)が重なる期間で、1月と2月低気温(低水温)長期化の年は、1977年冬季、最も低気温の1984年冬季、2018年冬季であり、サンゴは過去3回(図中赤線囲み)低水温ショックにより消失したと推測する。
・本海域で大型の卓上ミドリイシ類は長径2m以上に達し、広域に多く生息した。仮に、1984年冬季以降、サンゴに過大なかく乱がなかったとすると、2018年までの30数年の成長とおおよそ一致する。
➢黒潮大蛇行と低水温ショックによるサンゴ減少
・2004年7月から2005年8月の1年2か月の黒潮大蛇行は、田辺湾口、及び白浜沿岸域の浅瀬のサンゴを減少させた。
・2004年5月の田辺湾沖島西のモニタリング調査(100mLT法)では、浅い水深(2~6m)のサンゴ被度(主にミドリイシ属)は80%、深い水深(7~11m)は34%強であった。冬季低水温経過後の2005年5月の調査では、浅い水深で38%弱に大きく減少し、1年以内に死んだサンゴは13%となった。又、深い水深では27%に減少したが、浅い水深ほど大きな減少は確認されていない。 白浜沿岸域の浅瀬(水深3m以浅)のサンゴも同様に減少した。
・黒潮大蛇行と低気温(低水温)でサンゴが減少したと推測する年は、1980年、1982年である。(図中黄線囲み)
➢大寒波と低水温ショックによるサンゴ減少
・黒潮大蛇行とは重ならないが、大寒波(図中の灰色矢印)による低気温(低水温)の長期化の年は、1981年、1986年であり(図中灰色線囲み)サンゴは減少したと推測する。
・2011年1月平均気温で4.7℃の異常低気温が記録されている。この時の水温は一時的に12℃台になり、四双島で大発生したオニヒトデは衰弱やへい死個体を散見できたが、サンゴの白化現象は確認されていない。ちなみに2月気温は8.6℃に上昇した。
➢白浜町と串本町の気温差

※1976年2月から2019年1月の白浜町気温から1か月平均気温が7℃以下になる月を抽出し、同じ年月の串本の気温データと比較。(※気象庁データよりグラフ化)
・白浜町は串本町より0.85℃平均気温が低い。両地域の月平均気温7℃以下(図中の黄横線)を抽出すると、白浜は33月で、串本は13月しかなく白浜より低気温の月が少ない。
・本海域の2018年冬季低水温ショック(黒潮大蛇行と大寒波が重なる)時の気温1月5.8℃と2月5.9℃より低いデータを、串本のデータと比較してみると、1984年の1月5.4℃と2月5.5℃であり、串本でも低水温ショックによるサンゴ大量へい死(御前1984,1985)が報告されている。
➢気温変化によるサンゴ群集モニタリングの可能性
・本海域冬季の低水温長期化は、気温・大寒波・黒潮大蛇行と強い相関があり、気温でのモニタリングもある程度は可能と考える。
・本海域冬季のサンゴ群集における気温モニタリングのポイントは、
① 1月と2月の平均気温が連続して7℃以下
② 大寒波襲来
③ 黒潮大蛇行
の3つの条件が揃う時に注視する。
ちなみに、2017年8月以降、現在(2025年3月)も黒潮大蛇行は続いている。
➢今後の対策
・30年あまり、世界北限域に位置する田辺湾口や白浜沿岸域のサンゴ群集には順風ともいえる水温環境が続いた。 近年は夏の高水温による白化やオニヒトデによる食害、台風の大型化によるかく乱など、他海域のサンゴ同様に課題は山積していた。しかし、冬の低水温長期化により、サンゴが壊滅的に減少するまでの重大な事態は想像さえしなかった。
・過年、サンゴかく乱要因であった、オニヒトデは、2018年冬季低水温により全滅したと推測する。今後、串本方面や、より南方から幼生の再加入を想定する。成長速度から、効率的に目視駆除・自家再生産が可能となるのは2020年以降と推測される。オニヒトデの再加入状況を調査し再度適切な判断が必要である。
・今回の白化現象等を通じ、地域の関心及び認知度の低さが改めて浮き彫りになった。低水温による影響はサンゴ以外の海洋生物等、海域だけでなく、陸域負荷等にも及ぶ。今後は地域と協力した保全の取り組みが重要となる。次年度、優先すべきは、かく乱要因対策としてのオニヒトデ駆除より、普及啓発等への取組と考える。
・サンゴ群集が元の健全な姿に戻るまでには相当の年月が必要だが、そう遠くはない時期に再生の兆しはみえるだろう。その再生過程を継続的なモニタリングや調査分析により明らかにし、サンゴかく乱要因に早期かつ適切に対応すべきである。
・次年度以降は以下の調査を計画する。
① 詳細調査(沖島・天神崎・四双島・円月島の4地点)
② 水温計測(連続水温の収集と解析)
③ サンゴ再生調査(スポットチェック法の調査項目に準じたサンゴ群集の再生状況モニタリング)
